年末年始のテレビから
昨年師匠を亡くしましたので、恐れ入りますが、年頭祝賀の辞はご遠慮申し上げ、遅ればせながら、本ブログ読者の皆様のご健康とご繁栄を祈念させていただきます。今年も何卒よろしくお願いいたします。
さて、この年始年末、寺ではそれなりに忙しくすごしたのですが、その合間に興味深いテレビ番組を2本ほど見ました。
私は、将棋は駒の動かし方がわかる程度、囲碁はほとんどわかりません。でずが、今回たまたま目にしたのは、その将棋と囲碁の番組だったのです。
正月に見たのは、将棋の新春特別番組で、その番組中、現在の将棋界を代表する実力者、羽生善治名人と佐藤康光九段が、脳内将棋というのをやっていました。これは将棋盤がないままま、お互いがひたすら駒の動きを記憶しながら対局するという、プロ棋士のずば抜けた能力を遺憾なく発揮する手合いでした。
それ自体驚きだったのですが、さらにもっと驚いたのは、局面で優勢だったらしい佐藤九段がミスを犯して突如負けてしまった、その負け方でした。彼は、すでに歩が存在していることを忘れて、その同じ列にもう一枚の歩を打つという、「二歩」を禁ずる規則に触れて、いきなり負けてしまったのです。
一手10秒以内に打つという過酷なルールで、確か百数十手まで打ち進んだ果ての「頓死」でしたが、そのとき本当に驚いたのは、佐藤九段だけでなく羽生名人もこの「二歩」にはまったく気がついていなかったということでした。
いかにプロとはいえ、ある種極限的な条件での対局において、ギリギリまで鎬を削りあいながら、そこに生まれ出た奇妙な一致。それは、私に棋士の能力の問題をこえて、切磋琢磨する人間関係の奥深さを、あらためて感じさせるものでした。
もう一つは年末の囲碁の特集番組で、破天荒な私生活と創造性に満ちた発想の碁で知られた故藤沢秀行氏の追悼番組でした。そこには、お弟子さんをはじめ、ゆかりの方々が登場し、故人を偲ぶわけですが、私が非常に強い印象を受けたのは、彼のライバルと称された坂田栄男本因坊(当時)のインタビューでした。
まず坂田氏は、藤沢氏についていきなりこう言います。
「ボクはね、秀行のね、ちょうちん持つような番組なんか出たくないんだけどね、本当は。秀行はね、無頼派の棋士という、最後の無頼派。無頼派っていうのは嫌いなの僕は、正反対だよ」
その二人が激突した有名な勝負については、
「秀行とはね、不思議な因縁があるんだ、(昭和)38年のボクと秀行(当時名人)の大勝負だよ。勝った者はね、即日本一なんだよ。二つしかないんだから。『名人』、『本因坊』。しかも秀行とワタシは仲が悪いんだよ。これも有名だったんだ。だから、両方、舌戦の、今じゃ想像できないくらい、お互いにもうそのくらい大勝負だったんだよ」
この対局は、後年まで語り継がれる劇的な展開の結果、坂田氏が勝利した名勝負だったのですが、それを端的に伝えたのは次の言葉です。
「考えてみるとね、あの勝負でね、やっぱり寿命縮めたね。それからは、それが最後と言ってもいいね、後で考えると、ボクが本当に碁を打てたのは。すごく心身ともに、もうガックリしちゃった、参っちゃったんだよね。勝っても」
そして、この勝負を振り返って最後にこう言うのです。
「だから、おしまいなんだ。あれが最後なんだよ、ああいう勝負は。ああいう勝負をね、するのは僕と秀行でオワリなの」
この言葉には「嫌いな」ライバルに対する、根本的な理解と喩えようもなく深い敬意が滲み出ています。
私は、関係こそが存在を決定するという「縁起」論者です。その観点から言えば、人間の存在の充実は、即人間関係の充実です。そして、その充実とは、単に仲の良いことを言うのではなく、共通の課題や問題に全力で取り組むもの同士の相克の果てに、絞り出されるように生まれてくる僥倖ではないか。二つの番組を見て、そんなふうに思いました。
だとすれば、この国の総理大臣が掲げる「友愛」なる理念も、実は居心地の良いまったりとした人間関係の中に実現するものではなく、本来は多くの葛藤と矛盾を前提とする、とてつもなく厳しい覚悟を我々に問うものなのかもしれません。